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最高裁判所第二小法廷 昭和43年(あ)56号 判決

主文

原判決および第一審判決を破棄する。

被告人らは無罪。

理由

被告人山下香本人の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

被告人両名の弁護人松岡良俊の上告趣意は、判例違反を主張するが、引用の判例は、本件と事案を異にして適切でないから、所論は、その前提を欠き、また、憲法三一条、三九条違反を主張するが、実質は、単なる法令違反の主張であり、その余は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、いずれも適法な上告理由にあたらない。

しかし、所論にかんがみ職権をもって調査すると、原判決が、公職選挙法一三八条一項にいう「戸別訪問」には、候補者もしくは選挙運動者が、選挙人の居宅または屋外の敷地内に立ち入る意思がなく、終始道路上にあって、たまたま屋外の敷地内に出ていた選挙人に声をかけ、投票を依頼する場合も含まれるとした判断は、これを是認し難いものと考える。

けだし、公職選挙法が戸別訪問を禁止する所以のものは、およそ次のとおりであると考えられる。すなわち、一方において、選挙人の居宅その他一般公衆の目のとどかない場所で、選挙人と直接対面して行なわれる投票依頼等の行為は、買収、利害誘導等選挙の自由公正を害する犯罪の温床となり易く、他方、選挙人にとっても、居宅や勤務先に頻繁に訪問を受けることは、家事その他業務の妨害となり、私生活の平穏も害せられることになるのであり、それのみならず、戸別訪問が放任されれば、候補者側が訪問回数を競うことになって、その煩に耐えられなくなるからである。

しかしながら、本件被告人らのように、選挙人の居宅またはその敷地内に立ち入る意思は全くなく、それまで連呼行為に使用していた自動車を乗り入れることができない道路に来たため、下車して、部落内の道を徒歩で回りながら、路上で出会った者や、たまたま居宅の屋外の敷地内に出ていた者に声をかけて投票を依頼したにすぎない場合には、戸別訪問から生ずるとされる前記弊害と結びつくおそれはなく、このような行為まで、公職選挙法が禁じているものとは解し難い。もっとも、行為者が終始道路上にあったとしても、屋内にいる選挙人をわざわざ呼び出して投票を依頼すれば、私生活の平穏を害するおそれがあり、戸別訪問罪が成立すると解してよいであろう。

原判決は、第一審判決判示(7)の中倉信子方、(8)の平川善七方ならびに(9)の出雲ミエ子方の所為については、いずれも同人らが居宅の屋内にいたのを被告人らが呼び出したものと認定している。しかし、右出雲ミエ子方の件については、原判決の是認した第一審判決は、同人が用便のため、自ら屋外に出ていたものであると認定しているのであり、中倉信子方の件も、同人は第一審の証人として、子供と一緒に屋外で鳩を見ていたところに被告人らが来た旨供述しているのであって、平川善七方の件を除いては、被告人らが、屋内にいる選挙人をわざわざ呼び出して投票を依頼したものと認めるに足りる証明はないものというべきである。また、右三名を除く他の六名については、一、二審判決ともに、いずれも、屋外の敷地内に出ていた同人らに、被告人らが声をかけたものであると認定しているのであって、前記の理由により、これを戸別訪問にあたるとすることはできない。

そうすると、本件起訴にかかる被告人らの所為のうち、前記平川善七方の一件を除いては、いずれも戸別訪問の要件を満たさないことになり、また、およそ、戸別訪問罪が成立するためには、少くとも二戸以上を訪問することが必要であると解すべきであるから、本件被告人らの所為は、公職選挙法一三八条一項に該当しないものというべきである。

しかるに、被告人らについて、同条違反の罪の成立を認めた第一審判決およびこれを是認した原判決には、事実誤認および法令の解釈適用をあやまって、被告事件が罪とならないのにこれを有罪とした違法があり、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、刑訴法四一一条一号、三号により、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

よって、刑訴法四一三条但書、四一四条、四〇四条、三三六条により、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 色川幸太郎)

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